資料の概要
丹緑本とは近世初期、御伽草子、仮名草子、浄瑠璃本などの版本で、挿絵に丹(朱色)、緑、黄で簡単な彩色を施した、いわば奈良絵本の代用品とでもいうべき絵入本をいう。刊本が大衆化され始めた頃の書物であり、人々が読書の楽しみを知り始めた時代の書物である。内容は『保元物語』『平治物語』などの軍記物、幸若舞曲、御伽草子、仮名草子、説経、古浄瑠璃などである。古浄瑠璃などの中には孤本も多く、しばしば近世稀覯書の代表にあげられる。
西欧の手彩色の刊本に影響されて成立したとする説が有力であるが、なお仏教版画や中国の筆彩本との関係も説かれている。明治に入って「ゑどり本」の名で呼ばれ、丹緑本の名称の一般化したのは大正末年頃からである。粗雑ともいえる素朴な着彩は、古拙の美ともいえる魅力があり愛好者も多い。
『曾我物語』は、鎌倉幕府が成立して間もない建久四年(1193)5月に起こった、曾我十郎祐成・五郎時致兄弟の仇討ち事件をもとにした軍記物語で、特に江戸前期の人気タイトルであり刊行数もかなりの数に上る。当初は十郎・五郎の御霊を慰撫するために回国の巫女による語り物として発生したと考えられており、作者は不詳である。現存諸本は大別して、真名本、大石寺本、仮名本の三系統に分かれている。
本書の刊年、書肆などの書誌情報は未調査であるが、仮名本系統の流布本であり江戸前中期頃の刊行と思われる。残念ながら、1巻のみ残存の端本であり傷みが激しいが、大衆向けの江戸版本の特徴がよく残ったものである。
現状記録
外見から見ると非常に傷みが激しく思われる。表紙はほぼ欠失しており、表裏の表紙とも芯紙がむき出しになっている。芯紙は長年ホコリが積もるところに置かれていたせいか汚れが激しい。
本文紙も染みや汚れが激しく、特に丁左下の汚れと損傷が著しい。これは多くの人々が繰り返し利用したためと考えられる。本文紙は極めて薄く、部分的に穴があいている(抄紙の段階ですでに穴があいていたと思われる。)部分もあり、気にせずに印刷されていて、かなり下手な作りとなっている。売る方も読む方もそれで良しとしていたと思われる。


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