保存ニーズ
当初は汚れの除去と非常に頼りない本紙の補強のために、水洗による洗浄の後、薄美濃による裏打ち、もしくはリーフキャスティングによる修復を予定していた。しかし、詳細な調査の結果、裏打ちなど本紙への大きな変更を加える修復を取り止め、出来る限り現状を維持する処置を行うことに変更した。
その理由として、
①本紙の汚れやシワによる傷みは激しいが、本紙の劣化は皆無であること。
②汚染による染みが激しいが、その染みの部分(2種類の染みともに)にはまったく劣化による脆弱化が見られない
③本紙の傷みの最も大きな要因は長期にわたる多数の人々の利用と推測され、それこそが本書のアイデンティティーであるといえる。丁左下の損傷や手垢による汚れはそれを示す重要な情報と考えられる。
④薄く粗雑ともいえる本紙は安価な版本を提供するための必然であり、頼りないとも思えるほどの柔らかさは逆に乱雑な利用を緩衝し、長期の利用性確保につながったと考えられる。
修復方針
大量の水による洗浄や裏打ちは行わず、激しいシワや汚れのフラットニングは加湿による繊維の柔軟化を利用して行う。(液体としての水を通さない。)
②染みや汚れは劣化の兆候が無い(pHも極端な酸性値を示さず)ので積極的な除去(洗浄、脱酸、漂白)は行わない
③欠損部分はその部分のみを手繕いで補修する。(リーフキャスティングは使用しない。)
④表紙の芯紙は後期の江戸版本の紙と異なり柔らかく、上質な紙であり意外であった。芯紙として再利用してしまうと見えなくなるので、そのまま本文の前後に綴じ込み新規に表紙を付加する。
⑤修復により取り替えた元素材は保管し、保存容器に同梱して保管する。
適用技術
①フラットニングは加湿により行う。ただし、本紙周縁部(特に丁左下)のシワが激しい部分は水を含ませた面相筆を使用して伸ばす。
②本紙の補修は柔らかさと見た感じを合わせるため三栖紙を使用。
③折り山の切断の継ぎには典具帖を使用する。
④周縁部や丁下部の欠損部は、やや染色した補紙を生麩糊で接着して修復する。
⑤下綴じは中口本美濃の紙縒で行い、本綴じは矢車五倍子で染色、明礬媒染した絹糸で行う。
⑥新規表紙は厚口の蘇芳染めの楮紙、芯紙は細川紙を利用した揉紙を利用。
⑦修復後、保存用板紙を使用した保存容器を作成して収納する。
次回は「処置工程(抜粋)」です。


この記事を読んだ方は次の記事も読まれています

[`evernote` not found]