修復情報をどのように利用するか

修復はモノの調査においては非常にいいチャンスになりますが、多くの場合で職人はそれを見ても、修復して元に戻してしまえば誰ももう見ることができません。その過程で現れた様々な情報を、文字情報、映像、サンプリングなどにより残すことが出来れば、非常に役立つ可能性があります。書籍の見返しの下にあるものや、背貼りに使われている羊皮紙の断片などは、16世紀の書籍を修復しているとゴシック時代の写本の断片が現れます。このような記録の作成が重要だと思いながらも、実際の仕事の中では恒常的に行うことはできません。修復過程や素材の使用技術に関しては行っても、現物に関する記録は個人の興味でしか行えません。これは記録作成者の意図・能力を超えることができない記録になります。何故これができないかというと、こういうものの評価が現状の日本にはありません。コスト化できないため、所蔵者側に記録作成の必要性への理解がない。修復家が個人的に作成した記録を納品時に渡しても、それが整理・保存され利用される可能性はほとんどない。現在、目録や書誌情報に関しては、利用するための基本資料として利用されています。これは、確立した世界で、一般の方々はこれらの情報を用いて資料にアクセスし、研究・調査したりしています。しかし、それ以外の修復情報や、修復に伴う物自体から得られた情報は、現時点では作成されても死蔵に等しいといって良いと思われます。

今後の課題として、まず修復記録のある程度の統一化(現状は各修復工房でバラバラですが)、最低の記録項目や記述用語を統一し、ドキュメントの一般化を行い、最終的には公開されることが理想となります。修復記録は依頼者と工房との関係、依頼者の事情等があってほとんど公開されることは現状ではないといってよいでしょう。しかし、保存・修復処置によって作成された記録は、現状では決まったフォーマットではなくても、基本的なスペックはほぼ同じですから、書式が違っていても他の工房のものを見るとだいたい分かります。

むしろ、たとえ公開されたとしてもそれが、修復の専門家ではない人にとって、情報としてどの程度役に立つかはかなり疑問です。例えば、大英図書館やボードリアン図書館など大量の古典資料を持っているところで使用する修復記録書は、文章主体ではなく表のようなものとなっています。慣れた人間が見れば非常に分かりやすいもので、見れば必要な項目が拾い出せるという合理的なものです。ヨーロッパではこのような公的機関の所蔵品の修復記録は必要があれば、原則として見ることができます。しかし、これらの記録に盛り込まれている情報は、一般の人、研究者にとって必ずしも興味のあるものではないでしょう。

恐らく研究者がしりたい情報は、修復過程で顕在化してくる情報だと思います。それを修復家に期待するのは現在のシステムでは非常に難しい。そのコストを予測することが出来ないからです。しかし、それを所蔵者、修復依頼者が系統的に情報化する努力をしてそのデータが公開されれば、文化財の利用、ただ鑑賞するだけでは終わらない興味を持っている人には、無限の情報を開いてくれる「もの」として相対することが可能になるのではないかと思います。

この記事を読んだ方は次の記事も読まれています