2009年に行われた文化財保存修復学会にてポスター発表した内容を掲載いたします。

1.はじめに
裏打ちは表具技術、また紙を支持体とした資料の修理・保存技術として行われてきた。今日では修復や保存の専門家以外の保存のボランティアに関わるアマチュアや、図書館スタッフの館内での保存処置で裏打ちが行われる場合もある。そうした方々が、裏打ちにより本紙に何が起こっているかを理解しているかどうかには疑問がある。最近は安直な裏打ちによる弊害も言われているが、その功罪を問う前に、裏打ちが紙にどのような影響を与えているかを知っておくことは大切なことと思う。
保存・修復にかかわらず、何らかの処置は必ず正・負両方向の結果を生じる。二つの方向は必ずしもどちらが良い・悪いと言うことではなく、何に価値を置いて保存するか?という視点により、良くも悪しくもなる。それをしっかりとマネージメントすることが、資料の保存においては重要なことではないだろうか。

2.裏打の過程で本紙に起こること
はじめに明確しておかなければならないのは、ここで取り上げている裏打ちは一紙文書や冊子体の書籍などの紙資料への適用を目的とするものである。当然ながら、絵画や書跡を軸装する表具の工程における裏打ちとは異なる部分がある。装潢技術の工程における裏打ちとは目的が異なるものであり、したがってその方法にも違いがある。またこの発表は、裏打の技術の優劣やその功罪について論議することが目的ではなく、裏打や水分を与えることにより本紙に起こる現象のいくつかを、出来るだけ簡単に示すことを心がけた。
写真1は本紙を裏打ちすることにより修理された版本である。写真2は一般的な版本を開いた状態である。本紙に使用されている楮紙は、多くの場合、密度の低い非常に柔らかい紙である。したがって写真2(写真1と同一のタイトルの別な巻。ほぼ同じ紙で出来ているが未修理)のように本紙が堅く突き立つようなことはない。裏打により資料の価値が損なわれたとは一概に言えないが、この書籍は修理したことにより、ふわりと柔らかな江戸の本の特長を失ってしまったことは確かだろう。裏打を行えば一枚紙が足され糊も入るから、紙は当然厚くなり硬化もする。したがって紙が立ってしまうことも起きる。しかしそれ以外にも本紙には大きな変化が起こっている。それは表面の平滑化である。写真3は写真1の資料の表面を拡大したものである。紙が非常に平滑になっており、和紙の表情、繊維密度のムラや板干しの際の撫であと、凸版の紙への食い込みなどが全く無くなって、まるで現代の印刷用紙にオフセットで刷ったような状態になっている。その印象は、あたかも現代の洋紙にオフセットで刷った複製本を見るようで、未修理の資料とは大きくかけ離れている。しかし、裏打ちもその方法によっては、ここまで極端に本紙の状態を変化させないことも可能である。資料の損傷、劣化の状態によっては、裏打は強化、保存の重要な技術として、否定することは出来ない。裏打の後、仮張にかけずに自由乾燥(敷干)を行うと、紙の柔らかさや表面の風合、印刷の圧力のかかり具合などある程度残すことが可能である。版本や一紙文書等の場合は敷干で乾燥した後プレスによりフラットニングを行う。写真5の上段の一冊はそのような例である。下段の2冊(左は未修理、右は虫損部分のみ繕った)に比べてやや開きにくくなっているが、文鎮など使わなくても開く。表面状態もかなり残されており、未修理の資料と並べても大きな違和感はない。

 

3.裏打等による本紙表面状態の変化
裏打ちなどによる処理条件を変えて行い、処理後の資料の表面状態と紙のやわらかさの変化を比較した。比較は目視と官能試験で行い、評価は*の数で現し未処理資料を10 個として、数が減るほど変化が激しい。機械プレスは主に洋紙のフラットニング処理に使用される。一枚の紙をボードに挟んでプレスを行うと、紙に接しているボードの表面の状態がキャストされ、風合いが損なわれる。それを避けるためには、複数の本紙と同様の紙を重ねてプレスするのが良いとされている。

処理内容 表面状態 紙の柔軟性 紙表面の平滑性
A 無処理 ********** ********** **********
B 裏打ち+仮張り *** **** **
C 裏打ち→敷干し ****** ***** ******
D 裏打ち→敷干し→仮張り *** **** ****
E 機械プレス(本紙10枚を重ねて) ********* ********** ********
F 機械プレス(本紙1枚を平滑な板紙に挟んで) ******** ********* *******

4.結論
裏打は、大きな損傷を受けたり、劣化が激しい資料の修復には欠かせない技術である。しかし単に資料を補強するだけでは済まない、大きな変化を本紙に与えることは考慮しなければならないだろう。写真5 の下段右の資料は、裏打ちをせず虫損部分や欠損のみを補紙で繕ったものである。この方法は独特の道具を使用して、道具を持ち換えることなく比較的手早く虫損の補填が行える技術である。大量の書籍や文書を修理する機関で使用されている方法である。紙資料を保存・修復するための技術は数多くある。それらの技術は、対象資料の持つどのような情報に価値の比重を置くかにより、適正が変化する。修理の基本方針を決定する際には、対象資料の何を大切にすべきか?それを残す有効な方法は何かを的確に判断しなければならないと考える。

 

 

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