1.鞣し革
 「鞣し」の目的は、皮の主要タンパク質であるコラーゲン線維以外の大部分を除去すると、皮は柔らかいが腐敗しやすく、乾燥とともに硬化してしまいます。そのため、「皮」を化学的・物理的な「鞣し」処理によって「革」に不可逆的に変えることです。鞣しの原理は、鞣剤によってコラーゲン分子間に架橋結合を生じさせると、皮は腐敗しにくくなり、濡れてもコラーゲン同士の分離が保たれて柔軟性が保持できるようになります。
 鞣しによって得られる効果は下記の通りです。
・耐熱性、耐水性を付与
・化学試薬や微生物に対する抵抗性を付与
・必要な物性とその他の理化学的特性を付与
・乾燥による線維が互いに接着するのを防ぐ

2.劣化
(1)化学要因

 特に19世紀後半以降の革装本には、レッドロット(Red Rot)と呼ばれる劣化状態を示すものが多数存在します。レッドロットとは、革が長い時間にわたり光や酸素、大気汚染物質(硫黄酸化物、窒素酸化物等)に曝されることで、革線維が破壊されて表面が赤茶けた粉状に劣化する現象です。これによって、軽い摩擦で革が剥離したり、手や周囲の書籍を汚したりすることがあります。その他、環境由来ではない劣化現象として、17~18世紀に表装革に酸やアルカリの作用を利用したマーブル模様を施す装飾様式がありました。酸の場合は黒く腐食されますが、アルカリの場合は腐食によってシボが損傷し、酸のような黒い変色にはなりません。これらの腐食が進行することで、同様に革線維が破壊され装飾であった模様が劣化へと変化していきます。

革のマーブル模様
表装革のマーブル模様

 劣化の化学反応を促進するものとして、温湿度、水分を保持している埃があります。また、革の内部にも化学反応を促進させる物質があります。
①硫酸塩、亜硫酸化物、硫化物等の硫黄化合物は、製革工程の各段階で使用され大部分は洗い流されますが、一部が残留しています。
②植物タンニンには縮合型(ミモザ等)と加水分解型(スマック等)があり、縮合型の方が劣化しやすい。それは、加水分解型の方が大気中の酸素や二酸化硫黄の吸収が縮合型よりも少ないためとされています。
③製革工程中で使用される水に含まれる銅、鉄、マグネシウム等の金属が内部に残留し、濃縮されることがあります。これらは二酸化硫黄が硫酸になるための触媒になります。

(2)物理要因
 湿度変化によって革が収縮することで、銀面と網状層が分離しやすくなります。これは乳頭層の線維の密度が低く、間隙が多く、網状層での交絡もよくない羊革で顕著な現象として見られます。湿度変化が大きいと水分の吸放出が鈍くなり、乾燥して亀裂が発生しやすくなります。この他、染色をはじめとした最終的な仕上げ加工が亀裂等の劣化をもたらすことがあります。

(3)生物要因
 紙よりもカビによる被害は少なく、タンニン鞣し革には微生物に耐性があるとされています。

3.保存手当て
(1)クリーニング

 柔らかい刷毛や極細繊維のワイピングクロス等を使用します。

(2)保革油
 油脂分が失われて硬化している場合、特に背革に亀裂が生じる危険性があり、良質の保革油を塗布することで革の柔軟性を回復させる効果が期待できます。ただし、保革油に使用されている動物性油脂は良質なものでも長期的には酸化分解を引き起こすため、どうしても塗布する場合には必要最小限に留めるべきです。現在は塗布しないことがほとんどです。

(3)レッドロット
 HPC(ヒドロキシ・プロピル・セルロース)の塗布により、粉状に劣化した革を固着させることが対処法の一つではありますが、塗布することで逆に損傷を広げる危険性もあるため、安易に処理することはお勧めしません。最も手軽な方法として、中性紙やポリエステルフィルムでジャケットを製作して書籍全体を覆う方法があります。ジャケットによって隣り合った書籍との摩擦を避ける効果や、劣化の進行を抑制する効果、さらに手や他の書籍に対する汚損を防ぐ効果も期待できます。

革装本のレッドロット対策