書籍(洋装、和装、図書資料、雑誌)、紙資料(文書、地図、図面、ポスター)、紙作品(版画、デッサン)などの保存修復処置および予防的保存処置

革装本のレッド・ロット対策

1)レッド・ロットとは

皮革は植物繊維を原料とする紙や亜麻布、綿布などに比較すると劣化しやすい物質です。 時代を経た革装丁本の多くは植物タンニンで鞣された革で装丁されており、劣化による損傷を受けています。 特に19世紀に制作された革装丁本は、レッド・ロット(Red Rot)と呼ばれる独特な劣化状態を示しているものが多数存在しています。 レッド・ロットとは、革が長い時間にわたり光や空気中の酸素をはじめとする大気中の汚染物質(硫黄酸化物や窒素酸化物など) に曝されて、赤茶けた粉状に劣化した状態をいい、このような状態になった本は、その本自体が壊れやすいばかりではなく、 周辺の他の本や書架、利用者や管理者の手や衣服を汚してしまいます。現在行われているレッド・ロットに対する処置としては、 粉状に劣化した革を接着剤様の物質を含浸させて固着し、革が容易に崩れることを防ぐという方法が最も有効であり一般的に 使用されています。この処置は本や革の構造的あるいは物性強度を向上させるものではありませんが、革の摩擦による損傷や粉状化した革 による汚損の予防には大きな効果が期待できます。

2)HPC(ヒドロキシ・プロピル・セルロース)とは

HPC(ヒドロキシ・プロピル・セルロース)とはレッド・ロット対策に使用される固着剤として、現在最も一般的なもので、ヒドロキシ・プロピル・セルロース(以後HPCと略) をエタノール(=エチルアルコール)に溶かすことで得られます。最初にHPCのエタノール溶液がレッド・ロットの生じた革の処理に有効性を確認し、資料の実際的処理として利用したのはダブリンのトリニティ・カレッジ図書館のアンソニー・ケインズで、1979年から現在に至るまで欧米の図書館や文書館で広く採用されています。革の表面に塗布されたHPC・エタノール溶液は、革の表面から中層内部まで浸透し粉状の劣化した革の組織を固着します。表面にフィルム状の皮膜を形成するわけではありませんので、後から表層が剥離してしまうことはありません。

HPCはパルプ(植物の繊維細胞)の主成分であるセルロースから化学的に誘導されたセルロース・エーテルと呼ばれる物質の一種です。セルロース・エーテルの中でもHPCは水、アルコールや一部の有機溶剤にも溶けるのが特徴です。レッド・ロット対策の接着剤 としては、デンプン系の糊や他のセルロース・エーテル類(メチルセルロースなど)を利用することも考えられますが、これらの水溶性接着剤は劣化した革に含浸をしたとき、大きな影響(革が水を含むことによる膨張や、乾くときの収縮など)を及ぼし劣化を促進させたり、激しい損傷(黒化やフレーク化)を起したりすることがあります。また、HPCは物質としての高い安定性と物理強度、強い固着力、無色、無臭、生理的にも無害で、館内で行う処理に最適な物質と考えられています。

以上のような利点を持つHPCではありますが、劣化により失われた革の物理的強度を十分回復する効果は期待できません。また、この処理が劣化した革に100%安全というわけでもありません。稀に処理をした革が乾燥の過程で表面のひび割れや剥離をより促進させてしまうことや、革の黒化を引き起こすこともありますので、あらかじめ本の目立たないところに少量を塗布し、処理の安全性を確認する必要があります。

3)HPC溶液の作り方

HPC・・・・・15㌘
エチルアルコール(消毒用の局方アルコールでなはく、無水エタノール)・・・・・1㍑

エチルアルコールを容器に入れ攪拌しながら、粉末のHPCを少しずつ降り注ぎます。多少のママコ(ダマ)ができますが、 一昼夜放っておくと自然に溶けてトロッとした溶液になります。

溶液の濃度はそれほど厳密でなくても構いません。作製した溶液はガラス瓶やアルミ缶、ペットボトルなどで保管することができます。その際にはしっかりと栓ができる(瓶の内圧が上昇したときに抜けにくいスクリューキャップなど)容器を使用します。作り置きしても腐敗することはなく、(無水エタノールは局方アルコールほどではないが殺菌性がある)また、HPC自体は湿気を吸わないように防湿性のある容器や袋に入れて冷暗所(室温)で保管しておきます。

4)処理方法

使用前に溶液を入れた容器を振るなどして攪拌し、柔らかい刷毛・筆などに溶液をつけて、レッド・ロットが生じている革の上に 塗布し、できれば本の表紙を若干開いた状態で立てて乾燥させるか、キッチン・タオル(紙製)のような凹凸のある紙を挟みながら 重ねて乾燥させます。直接処理した本を未乾燥の状態で重ねると、表紙同士が接着する危険性があります。アルコールが揮発して革が 乾燥し、手に付かなくなれば処理は完了となります。

5)作業上の注意

①エタノールは揮発性物質で引火性があるので、処理の最中は火気厳禁です。また、エタノールの毒性は比較的低いですが、 処理は換気のよいところで行い、エタノールの蒸気が充満しないように注意します。不安がある場合には有機溶剤吸収機能 のあるマスクを使用します。
②資料に対しては比較的安全な処理ではありますが、中には多少の黒ずみが残るなどの問題がでてくる革もあります。あらかじめ、 目立たない部分(表紙裏の革の折り返しなど)でテストを行います。
③革の銀面(一番上の面)がひび割れ、すでに剥離状態になっているものはHPCを塗布すると剥離がいっそうひどくなるので避けたほうがよいです。
④塗布量は必要最小限にすることが望ましい。濃度の高いHPC溶液の使用や多量に塗布を行うと表紙のべたつきや、上記のトラブルの発生が増長されます。もし一回の塗布で十分固着ができない場合には、乾燥後に再度塗布を繰り返します。
⑤消毒用の局方アルコールはかなりの量の水分を含んでおり、それが劣化した革に影響を与える場合があるので必ず無水エタノールを使用します。

6)参考文献
*海野雅央他・訳編『治すから防ぐへ‐‐‐西洋古刊本への保存手当』(日本図書館協会、シリーズ本を残す№5 1993)
*防ぐ技術・治す技術 紙資料保存マニュアル編集ワーキング・グループ編
*『防ぐ技術・治す技術 ‐紙資料保存マニュアル‐』(日本図書館協会 2005)
*日本曹達株式会社『NISSO HPCカタログ』

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