このような情勢下で最初に蘭書の印刷を試みたのが「長崎版」といわれています。
2)長崎版・・・長崎奉行所などで印刷された蘭書
嘉永元年(1848)7月・・・オランダ船が舶載してきた西洋植字印刷機一式(手引活版印刷機、欧文活字類)を阿蘭陀通詞の品川藤兵衛、楢林定一郎、本木昌造、北村元助の4名でいったん借り受けた後に、品川と楢林の折半で買い受け、嘉永二年(1849)正月14日に品川に預けられました。(日蘭ともに記録はない。)
楢林家文書にいくらで購入したのかが分かる次のような資料が残っています。「品川藤兵衛、楢林定一郎の両名が嘉永元年12月29日に(銀)二貫三百目を半高ずつ負担して、長崎会所の御用方へ納付した。」これらの西洋植字印刷機一式は、あらかじめオランダ人に注文していたものといわれています。
※銀二貫三百目=2300匁=金換算(安政元年)で38両1分5匁
食べ物基準・・・1両=4~20万円  労賃基準・・・1両=20~35万円
当時(文政年間)の大工年収は1貫587匁6分
慶応三年幕府役職員給与 長崎奉行4000両、開成所頭取400両、老中10000両
参考)『江戸物価事典』、http://homepage3.nifty.com/~sirakawa/Coin/J029.htm
★手引活版印刷機について
手引活版印刷機(ハンドプレス)とは、手でレバーを水平に引くとネジにより垂直方向の力が版面にかかるという仕掛けになっているもので、この構造はグーテンベルクの時代から1830年頃まで基本的に変わらなかったものでした。このときの印刷機が完全に特定できていませんが、その候補となっているのがスタンホーププレス(通称ダルマ型)といわれています。
★スタンホーププレス(世界初の総金属製印刷機)について
①スタンホープ伯爵3代目チャールズ・マホン(Charles Mahon、1753~1816年)が英国で1798年に考案設計し、1800年にロンドンのロバート・ウォルカーの工場で製作し売り出された。
②平圧式、史上初の総鉄製(これまでは木製)。
③圧盤寸法19×24インチと20.5×26インチの2種類。
④片面刷り平均時速200~300枚。
⑤この印刷機は欧州活版印刷界に技術的革新をもたらし、特にオランダの活版印刷工場では愛用され、アムステルダムにはこれを製作する工場もありました。
この当時に輸入されたスタンホーププレスがお札と切手の博物館で所蔵(重要文化財)されています。この来歴は、嘉永三年(1850)8月15日にオランダ商館長レフェイソーン(Joseph Henry Levyssohn)が第166回目の将軍拝礼を行った際、12代将軍徳川家慶にアムステルダムのゲ・ファン・ヘールデ製作のデマイ判(16×12インチ)スタンホープ式活版印刷機1台、オランダ製欧文活字類、付属器具一式が献上された記録が残っています。この印刷機は蕃書調所から洋書調所を経て、太政官印刷局に受け継がれたとされる。その後国立印刷局へと伝来され、関東大震災で罹災し、木製台座、機械上部の飾り、レバーなどは補修されました。
※嘉永元年(1848)に阿蘭陀通詞たちが買い受けた時の記録は日蘭ともに残っていない。
つづく。。。


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