和刻本蘭書のこと 5 長崎版の続き

安政三年(1856)9月…ウェイランド著『スプラークキュンスト(和蘭文法書)』530部を一部につき金二歩二朱で販売。
※10月22日老中阿部伊勢守から「江戸では蕃書調所へ数部廻送して、売り捌き方は蕃書調所頭取古賀謹一郎と協議するように」との指示があった。
※同書の木版翻刻本が『和蘭沕乙蘭士文範』として同じく安政三年に上梓されている。

安政四年(1857)…『レグルメント(歩兵教練並びに演習規則集』3巻。各巻合計500部(各巻100部ずつが江戸廻し)を刊行。それぞれ第一巻「歩兵一般教練」(86頁)、第二巻「小隊教練」(78頁)、第三巻「大隊教練」(147頁)となっている。
※安政三年冬から印刷に着手し、安政四年秋に3冊の印刷が終了した。
 →受容の速やかなことに驚くべきものがある。

安政四年(1857)…ペイル著『ゲメンザーメ・レールウエイス(英文典初歩)』
※万延元年(1860)に蕃書調所から刊行した『Familiar method』は本書の英語版。
★安政三・四年刊の長崎版は、活字判摺立所のあった西役所から「西役所版」とも呼ばれている。安政四年刊には、Nagedrukt te Nagasaki in het Jaar Ansei 4. (1857)と初めてNagasakiと刊行地が記されている。

安政四年(1857)9月22日…印刷所開設から2年後、活版技師インデルマウル(G. Indermaur)がオランダより来日し、この年の12月9日に江戸町五ヶ所宿老会所内に移転した活字判摺立所(「江戸町版」とも言われる)で植字の技術指導にあたることになった。
※五ヶ所宿老会所とは、京都、堺、長崎、江戸、大坂の商人が南蛮船輸入生糸の取引をするために設けた場所で、五ヶ所宿老たちが会所で御用筋のある場合には印刷を休むことになっていた。
※移転後の「江戸町版」は、インデルマウルの技術指導と新製植字のため組み刷り造本が「西役所版」と比べると上達している。
※「西役所版」は文法書・辞書・兵書に限られていたが、「江戸町版」は外交・医学・自然科学などを数種類印刷している。

安政五年(1858)…ボイス著『ヴォルクス・ナトゥールクンデ(理学訓蒙)』。物理学入門書。『格致問答』とも訳される。
※小さな活字、印刷面不整、文字の濃淡が著しい。

安政五年(1858)…ウェイランド著『キュンスト・ウォールデンブック(学術用語辞典)』

安政六年(1859)…ウェイランド著『スプラークキュンスト(和蘭文法書)』530部
※印刷は稚拙で文字の濃淡が著しく、ページ付けの誤植もみられる。

※巻首に出版広告1ページがあり、底本にあったものをそのまま翻刻したことが分かる。
安政六年(1859)設立以来、取扱掛だった本木昌造が江戸に配置替えとなり、また大老井伊直弼による長崎海軍伝習所の廃止に伴って活字判摺立所も廃止された。