弊社代表が1980年代に発行されていた『コデックス通信№11〜№14』にコデックス会の会員として発表していた「少量脱酸の技術(1)〜(3)」について、その技術的な方法は30年ほど経過した現在でもほとんど変わっていません。そこで、改めて少量脱酸について確認し直す意味も含めて、その投稿内容をまとめたうえでご紹介していきたいと思います。

〜なぜ脱酸技術か〜
この技術なくして近現代の紙資料の本質的な保存処置は不可能だからです。他の保存処置、例えばそれぞれの資料に適した保存製本にしろ、フィルム・カプセル(エンキャプシュレーション)法にしろ、劣化を遅らせることはできても止めることはできません。紙を内部から崩壊させる酸を取り除かなくては、結局紙資料は消滅してしまうでしょう。

〜脱酸技術とは〜
化学的にみれば紙の中に生じる酸あるいは酸を発生する物質に対してアルカリ物質を用いて中和し、酸としての力を消してしまうことです。さらにもう一つの大きな目的としては、現存する酸の中和のみではなく、将来紙内部から生じる酸、あるいは大気汚染物質等から侵入する恐れのある酸をも中和するために、余剰のアルカリ物質(緩衝剤)を紙中に残留させることがあげられます。こうした処置を行った上で、他の保存処置と組み合わせることにより、資料の寿命をさらに永いものとすることができます。

1940年代のウィリアム・バロウに始まる水性脱酸は、大規模な設備を必要とせず、比較的簡便な脱酸手段として多くのバリエーションを生んでいます。使用する物質は、カルシウム、マグネシウム、バリウムの水酸化物、または炭酸塩で、これらを直接水溶液とするか、炭酸水素塩の形で溶液として使用します。しかし、浸漬法にしろスプレー法にしろ水溶液の形での使用なので、水に弱い素材が使用されている資料には適用不可能です。

非水溶液による方法は、水酸化バリウムをメタノールに溶かして使用する方法と、リチャード・スミスの開発したスプレー、または溶液を使用する方法があります。これらは水性脱酸が適用できない資料に有効であり、また水よりもはるかに気化しやすい溶液を用いるため作業も効率化できます。しかし、アルコール等によって影響を受ける恐れのあるものには使用できません。

気化法は、あらかじめシクロヘキシルアミンという気化しやすいアルカリ物質を含浸させた紙を脱酸する本のページ間に挟み込み、気化したシクロヘキシルアミンにより中和する方法です。イギリスのラングウェルにより開発されたもので、比較的安易な脱酸方法ですが、アルカリ残留物が出来ず、将来の酸の侵入を防ぐことができないことと、有機アミン特有の異臭によりあまり好ましい方法とはいえません。

〜少量脱酸技術について〜
保存問題に関わる人の中には、大量脱酸の設備が導入されれば、脱酸問題はすべて解決すると考えている方もあるかもしれませんが、それは間違いです。少量脱酸、大量脱酸のどちらの方法も保存技術の中のあるべき位置に常に存在しなければならない技術であり、個々の資料の状態、素材、価値、他の保存処置との兼ね合い等により、あるものは大量脱酸により、あるものは少量脱酸によりというように、使い分けられるべきものなのです。少量脱酸は処理能力では大量脱酸とはまったく比較になりませんが、独自のメリットを持ち、たとえ大量脱酸が導入されたとしても、それと並存する形で引き続き重要な保存技術として使用されます。一冊一冊の書物や資料に直接手を触れながら、それぞれに対処してゆくという作業の形が、少量脱酸という技術に馴染みやすいものであるといえます。

少量脱酸の技法自体の単純さゆえに、脱酸を安易なものと考えてはならないということです。確かに一枚の紙を脱酸するのはそれほど高度なテクニックを必要とはしませんが、現実的に処理する資料は千差万別です。これに、水性あるいは非水性溶液の処理をすることで、ダメージを与えないかどうかの判断は大変難しいということです。素材(紙や色材等)に対する十分な知識と経験がなければ、安全な処理を行うことは不可能です。また、脱酸は保存処置の一連の流れの中の一つの工程であり、それだけ抜き出して行われることはありません。したがって、その前後の処置と一つになって初めて完成された技術となります。実際の脱酸処置の適用は、保存処理の全体を把握してから行うべきものであると認識する必要があります。

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