【向井信夫文庫の概要】
 専修大学図書館の向井信夫文庫は、故向井信夫氏(1916~1993)が長年かけて蒐集した江戸期和本4,090作、10,346冊及び雑誌を含む一般書4,852冊から成るコレクションです。その中心となる戯作コレクションは膨大な蒐集量のみならず、初版本や稀覯本を多く含む質の高さは江戸期文芸の研究者間で広く知られるところです。
 ※戯作とは、江戸後期以降、主に江戸に発達した俗文学、特に小説類。読本、談義本、洒落本、滑稽本、黄表紙、合巻、人情本などの総称。

【修復対象資料について】
 2010年度より継続的に修復作業を行っている同文庫資料ですが、今回ご紹介する『朝夷巡嶋記全傳(あさいなしまめぐりのきぜんでん)』全5巻は、曲亭馬琴によって文化十二年(1815)に刊行されたもので、木曾義仲の遺児・朝夷三郎義秀とその義兄弟、源範頼(義経の兄)の遺児・義邦、義仲の腹心の遺児・光仲らの友情と冒険の物語です。

【資料の形態】
 袋綴じ(綴じ糸は濃黄色に染色された絹糸)。表紙は原装で、緑色に染色された料紙を使用し、表には兎、裏には文字が刷られている。兎の縁取り線と文字は同一の絵具、兎の縁の中では雲母が使用されている。また、表紙芯紙は漉き返し紙であった。

【資料の状態】
 全5巻ともに類似した次のような損傷/劣化が見られた。
①表裏の表紙には折れ、擦り切れ、汚損、フケ、欠損、重度の破損がみられる。
②綴じ糸の脆弱化あるいは切断しているため、綴じは緩んでいる。(下綴じが無事の場合もあり)
③題簽は部分的に破損、欠損、剥離がみられる。
④本文料紙には虫損、部分欠損、破損、袋切離、折れ、フケ、汚損、染み、変色がみられる。
⑤見返し紙は中〜軽度の破損、折れ、シワ、擦り切れ、汚損、染み、フケがみられ、部分欠損も生じている。

【主な処置内容】
①表紙や見返しノド元などを中心に、主に柔らかい刷毛でドライクリーニングを行う。
②ノンブル後に綴じの解体を行い、表装材、表紙芯紙、見返し紙、本文料紙に分ける。
③本文料紙のフラットニング。
 ※過去修理で施された補紙は、プリザベーションペンシルを使用して本文料紙から取り除いてから、フラットニングを行った。

④本文料紙と見返し紙の修理
 ※本文料紙の欠損・虫損部の穴埋めには薄美濃紙・土佐美栖紙、袋切離部・脆弱部の補強には美栖紙を使用した。
 ※見返しの綴じ穴や欠損部には土佐美栖紙を使用した。
⑤表紙(緑紙)の裏打ち
 ※染色した土佐美栖紙を使用した。
⑥新規の紙縒りで2ヶ所下綴じを行った後、絹糸で表紙と中身を綴じ直した。
 ※綴じ用絹糸は植物染料で染色後、明礬で媒染したものを使用。

【処置後の状態】