洋古書の保存

1.古書の修復
 古書籍は絵画や工芸品と同様に古美術品としての価値を持つと同時に、多くの場合、資料として利用するものという側面を持っている。利用のためには書籍はそれに耐える健全な構造を持っていなければならず、長い間に壊れたり傷みの進行したものは修復する必要がある。書籍の長い歴史の中で、貴重なものの修復は古い時代から行われてきた。しかし保存する目的で行われてきた修復そのものが、結果として対象を損なってしまうこともしばしばある。

 書籍に使用された素材、技術、構造等は、テキストの持つ情報とは別の様々な手がかりを私たちに与えてくれる。それは単に骨董的な趣味の問題だけではなく、製本の形式・構造は書籍の製作された時代や地域や制作者の、また表紙の装飾(箔押し・空押し)や見返しの記載事項、蔵書票などは、その書籍の旧蔵者に関する情報を与えてくれる。

 不用意な再製本はそれらの情報を消失させてしまう危険がある。また、不適切な素材、構造の適用などから、むしろ資料を一層傷めてしまった例も数多くある。今日では、逆説的に「最良の修復はできる限り手を加えないことである」ともいわれている。その反省から現代の修復は、他の文化財と同様保存に関する基本的な原則に沿って行われるようになっている。

 書籍に関する保存の基本的な原則とは、一般に次の4点があげられる。

①原形の尊重 
 古書籍の場合、素材や構造、外観、テクスチャー等も重要な情報源となる場合もある。特に18世紀以前の洋古書籍では、製本の構造や装飾、使用素材等、現在の書籍と異なって一冊一冊が高いオリジナリティーを有しており、安直な変更はその価値を失わせてしまう場合がある。

②資料の現状、および処置の記録化
 修復等により資料がやむをえず変更を受ける場合には、処置前がどんな状態であったかを記述、あるいはサンプリング、画像等による記録で残す必要がある。どの様な適切な修復処置であれ、資料は多少なりともオリジナル性を損なう可能性がある。従って処置後、必要なら原形の復元が可能なようにし、将来の調査の参考になる資料の作成が必要である。また、対象資料のどこに何を使用し、どのように処置を行ったかを記録することも重要とされている。将来再び修復などの処置が必要になったとき、その場所、使用素材、適用技術等を知ることができると、より安全にかつ効率的に処置を行うことが可能になる。

③資料に対して非破壊的であること
 当然のことながら、適用する処置は資料を害する恐れのないものでなければならない。処置の失敗による資料の破壊が許されないのはもちろん、見かけ上は問題のない修復であっても、使用した素材や薬品による経時的な劣化により資料が害されることがある。例えば、修復に酸性紙を使用したり、新たに追加した酸性の見返し紙の影響で、本文紙の劣化が促進されている例などがある。

④適用する処置が可逆的であること
 現在最善と思われる処置であっても、将来問題が発生することや、何らかの理由で処置適用以前の状態に戻す必要が生じる可能性がある。その時、資料に大きなダメージを与えることなく復元が可能な処置や素材を使用しなければならない。

 以上の4点が今日の修復における原則といわれている。もちろん原則であり、個人の蔵書の場合、これらをどこまで適用するかは、所蔵者の判断するところとなる。

 修復する人間は、その資料に関する専門家ではない。どのようにその資料を扱うべきかはその資料に最も詳しい人―所有者、管理者―が判断するべきである。見返しに書き込みがあれば、再製本をする場合にも、ほとんどの人はそれを残そうとするだろう。しかし人によってはその丁のみを残し、対応する白紙の丁を廃棄してしまった例も多く見る。白紙であっても、そこに透かし模様はなかったか?もちろん優れた修復家は製本のみならず、書籍に関する広範な知識を持つべきであろうが、個々の資料の持つ意味に関して十分な理解を行うことは難しい。極論すれば、ある人にとっては表紙のデザインが最も重要な要素であり、別の人にとっては同じ書籍の本文が大切ということもあり得る。

 修復はこのように個々の資料をどう処理するかが問題であり、その判断が正確にできるのは資料の所有者である。所有者に書籍の製本や構造の知識がなくとも、修復家と十分な相談を行うことによって後悔しない修復が実現する。

2.書籍の保存方法
 先に書いたように、修復は最終的な処置であり、本来は修復が必要になるような状態にしないことが最も優れた保存処置といえる。また、修復は多くの場合、費用がかかるものであるが、予防的な保存処置はそれに比較すればはるかに低コストで行える。では実際にどのようなことを行えばよいのか?簡単に言えば、書籍に害があるようなことを避けるという、ごく常識的なことである。

(1)書籍の扱い
 日常の書籍の扱い方によって、痛みが大きく変わってくる。特に素材の劣化している古書籍では、不用意な扱いで簡単に壊れてしまう。不特定多数の人間が利用する図書館であれ、個人の蔵書であっても扱いに気を配ることで傷みを防ぐことが可能である。その多くは昔から言われてきたことであるが、ごく常識的な事柄のいくつかを挙げれば、

①書籍の並べ方…書架に書籍を並べる場合、斜めになるような置き方は書籍に負担がかかり、壊れる原因となる。特に大型のものや劣化の進んだ書籍は容易に壊れてしまう。ブックエンド等を使用して、常に垂直になるようにしておく。また、大型でチリの大きい書籍の場合、縦置きすると中身が沈み、背の綴じに負担がかかり傷みの原因となる。これは地の小口に枕(あるいは、ブックシューに納める)を入れることで防ぐことができる。

②書籍の取り出し方…よく言われるように、背の天に指をかけて引き出すことは避ける。むしろ背の上部を一度奥へ押し書籍の下部を飛び出させてそこをつかんで出す方が負担は少ない。理想的には書籍の背の中程をしっかりつかんで取り出す。そのためには書架ピッタリに書籍を収納せずに、わずかな余裕を持たせておくことが必要である。

③大型書籍の保管方法…大型の書籍や束の非常に厚いものは縦置きにすると背への負担が大きく傷みやすい。そのようなものは横置きに保管するのも良い方法である。ただし書籍自体の重量が大きいので、あまり積みすぎるのはよくない。また、革装本では一番上の表紙が直接空気に触れないように(革の乾燥により表紙が外反りしてしまう)中性の板紙等を重ねておく。

④書籍の開き方…洋古書の場合(18世紀以前の)その多くが、背固めが強く行われており開きが悪く、また開くことによって背に大きな負担がかかる。そのような書籍を無理に大きく開いてしまうと、それだけで背を壊してしまうことがある。小型の書籍では両手に持って危険がない範囲で広げて利用する。大型書籍では簡単な書見台を作って使用すると良い。

⑤破れた個所の修復…破れた箇所や丁が外れている所の修復には粘着テープ(いわゆるセロハンテープ)は使用しない。テープの粘着剤が将来劣化し、再修復には非常に手間がかかることになる。和紙を使用し、出来るだけ薄いでんぷん糊で接着する。また質の悪い紙や酸性紙を付箋やメモ紙として挟み込まない。鉄製のクリップ等も錆により本文紙を劣化させる危険がある。

(2)どのように保管するか?
①保管環境の温度・湿度
 書籍のみならず文化財の保存全般において、もっとも重要な要素は保存環境の温度・湿度の管理である。特に吸湿性があり、温度・湿度の影響に敏感な紙を主体とした書籍の保存においては、とりわけ重要な要素である。高温多湿は書籍の素材の劣化を促進し、虫害やカビによる被害の危険を増大させる。昔から書物の敵とされる害虫も適切な温度・湿度を維持すれば、現代の建築環境の中では大きな被害の心配は少ない。

 一般に書籍の場合、保存空間の適正な温度・湿度は摂氏20度(±2度)・50%(±5%)とされている。もちろん個人の保管環境でこれを実現するのは困難なことである。そこで限られた条件で、書籍に負担の少ない環境を整えることを考えねばならない。

 紙や革にとって最も危険なのは、結露や過湿によるカビ、フォクシングの発生や変色、本文紙の変形等である。特に住環境でも問題になっている壁面の結露等は重大な被害をもたらす。冬季には暖房により部屋の一部分に過湿状態の箇所が生じる危険が多い。とりわけ北側の壁面や床は室温に比べて温度が低く、結露や部分的に湿度が高くなることがある。そのような箇所の書籍を注意してみれば、湿気を帯びているのが分かる。できればそのような危険のある箇所には書架の設置を避ける。長く保存する書籍はそのような場所から安全な所へ移動する。また書架を壁面からやや離し背後に空気の流れをつくったり、サーキュレーターを使用して部分的な空気の滞留が起こらないようにしたり、調湿紙(湿度を一定に調節しようとする機能を持つ)を書架に組み込んだりすることで、結露や過湿状態の危険を緩和することが可能である。

 また、急激な湿度の変化は、結露や資料への加湿の問題以外に、異なった素材の伸びの違いから書籍の内部にストレスを生じさせ、傷みの原因となる。保存容器や調湿紙の使用はその防止にも効果があるだろう。特に中性の板紙で作られた保存容器は、空気中の有害なガス(酸性ガスや酸素)や光、埃から書籍を遮断し、また物理的な力による傷みからも護り、表紙が取れたり綴じが外れている書籍等の部分的な散逸防止にも役立つ。しかし、資料保存対策が保存容器一辺倒になるのは危険である。

②光、空気による害
 不適切な温度・湿度環境以外に書籍を劣化させる要因としては、光、空気等が考えられる。

(a)光…太陽光中には紙や革、クロス等を劣化させる紫外線が多く含まれており、褪色や強度の低下も起きる。カーテンなどの遮光材を使用するか、紫外線カットのフィルムを窓ガラスに貼る等して防ぐ。また、蛍光灯の光の中にも紫外線は含まれており、長期的な暴露は背表紙の褪色等を引き起こすので注意が必要である。

(b)空気…空気中には書籍の素材に悪影響を及ぼす様々なガスが含まれる。酸素は紙や革の劣化を引き起こし、空気中の埃やチリも単に書籍小口を汚すばかりでなく、強い酸性を示すものも含まれているので、紙や革を劣化させる。

(3)革装本の保存
 革装本の保存は最もやっかいな問題である。特に1800年代半ば以降の革装丁の書籍は本文紙、製本素材ともに質が低下しており、劣化が激しい。とりわけ革は粉状に化している場合が多い。これはレッドロットと呼ばれており、革は軽い摩擦で剥がれ落ち、手や周りの書籍を汚してしまう。薬品の塗布により劣化した革を固着できる場合もあるが、傷みを広げてしまう危険性もあるので、安直な処理は行わずに専門家に相談する方がよい。最も手軽な方法は、丈夫な中性薄葉紙やポリエステルの薄いフィルムでジャケットを作り、かぶせる方法であろう。ジャケットによって隣り合った書籍との摩擦を避けることができ、傷みの進行を抑えることができる。また、手や他の書籍への汚染をある程度防ぐこともできる。

 時代の経過した書籍の革は、油脂分が失われ硬化している場合がある。そのまま利用すると表紙革に亀裂が生じる危険がある。良質の保革油はこのような革の柔軟性を多少なりとも回復させる効果がある。海外では書籍専用の保革油が販売されているが、革製品用の高級な保革油で代用できる。ただし動物性の油脂は良質なものでも長期的には酸化分解を起こすので、塗布は必要最小限にするべきである。 

 書籍の保存に最も大切なのは、「気を配って見守る」ということに尽きると言ってよいだろう。大切な書籍だからといって、しまいっぱなしにしておくのも危険である。カビやフォクシング、虫害等が知らず知らずのうちに書籍に重大なダメージを与えることがある。書籍の状態を把握し、トラブルをできるだけ早く発見することが被害を最小にし、よい状態で保存する最良の手段である。