「久芳正和氏『蘭書改装事件』-蒸し返させて頂きます-」をちょっと蒸し返す

 元国立国会図書館職員・久芳正和氏の『蘭書改装事件』-蒸し返させて頂きます-(1987年、Book preservation 3号P18-21)は以前から気になっていたので国立国会図書館(NDL)から複写お取り寄せしました。

 NDLで所蔵している蘭書関係資料(3,634冊、江戸幕府旧蔵洋書)に対して1965年頃に行われた改装事件について書かれています。1960年にアメリカ人のピーター・ブログレン氏(製本家?修復家?…何者?)による革装本の造本技術の伝授という余計なお節介がすべての始まりのようです。

 「オリジナリティの尊重」という思想のない彼の指導を受けた職員が10冊程の蘭書を箔押し装飾された見事な総革装本に再生させました。ところが、それと引き換えにオリジナル装丁、見返し紙、花布等が全て廃棄されたのはもちろん、幕末の翻訳事業の苦労の痕跡でもある押紙、朱紙、白紙、墨書きされた紙片なども全て取り除かれてしまいました。

 当時のNDLにそういった修復作業を行う上での決まり事が全くなかった訳ではないようです。1956年に製本様式を決定する際の基準が示されていて(「米国議会図書館における製本部の概況」)、そこでは書誌学的考慮、利用上の考慮、物質的考慮について書かれており、オリジナリティの尊重についても大まかに触れられてはいました。それなら、どうして。。。と思ってしまいますが。

 このようなことが1965年頃にNDLで行われていた一方、これより10年程前には現在に通ずる考え方をもって貴重書籍の修復作業が行われていました。森脇優紀氏の「1950年代日本における西洋稀覯書の修復技術とその方針 東京大学経済学部図書館所蔵アダム・スミス文庫を事例として」(東京大学経済学部資料室年報10号)によると、1955年に開始された「スミス文庫」の修復事業では厳密な原型保持が指示され、「現状そのままを保存する…爪の垢一つ失わないようにといふ修理方針」、「現存する元の材料を一かけらも粗略に扱わない」という修復方針が立てられていました。また、同時期に一橋大学附属図書館で行われた稀覯書修復でも「表紙裏の紙一枚も疎かにせず、旧態を損なわないように、できるだけ、あるがままの姿に補修再現する」、「どうにも補修の利かない物は、当時の状態の製本に模して作り上げる」というスミス文庫に似た修復方針が採用されていました。

 スミス文庫で行われた細かい作業内容の中には現在の判断基準からすると、疑問を感じる点があることは確かですが(元革をぬるま湯で柔らかく戻す、補紙を他の本から拝借する等)、これより10年後にNDLで行われる作業内容と比較してしまうと現在に通ずる考え方を持っていたことにはとても驚かされます。

 東大や一橋大の修復事業の内容をNDL側で目にする機会(話を聞く、教えを乞う)はなかったのだろうか?現代と違い情報を入手する手段、機会が限られていたとしても取り返しのつかない(再修復できないことはないだろうが、リスクも大きい)ことだけに非常に悔やまれることではあります。ただ、このような情報共有の欠如、もしかして縄張り意識?のようなことが現在では無いのかというと残念ながらそういう訳ではありません。かつて、大変貴重な洋装本の修復を行っていた業者(洋装本に関しては専門外)の担当者が解体してしまった後になって弊社代表にその本の構造についてオフレコで聞いてきたことがありました。専門であれば聞いてすぐに「あ~あの製本だな。」と製本構造が思い浮かぶものだっただけに、修復作業に入る前の作業方針の検討段階でどうして意見を求めなかったのか!残念でなりません。構造が分からなかったということは、当然まともな記録が採られている可能性も低く、製本調査/研究を行うことも出来ず、オリジナルの姿が失われたことで鑑賞して遠い昔に思いを馳せることも出来なくなってしまいました。事後であっても聞いてきたのは担当者の少しの良心だったと思いたいです。